2011年6月2日木曜日

復習とは頭の中を整理すること

ここ2回にわたり、「忘れるのが当然で、思い出す工夫を」「”使えるノート”を作り、もっとノートを使うべき」ということを書いてきました。
が、これ、初めて補助輪なしで自転車に乗ろうとするときと同じで、「こうしろ」やら「コツはこうだ」と言われたところで実際にはそう簡単にできるようになるものではありません。


今週あたりから中高ともに定期試験が近づいており、うちの塾に毎日来ている生徒も試験範囲の復習をしているのですが、なにせ時間をかけて教えたはずのことも見事なほどキレイに覚えていない。
なのでその度に「ノート開け」「探せ」「調べれ」ということになるのですが、とにかく見つけられない、もしくはまとまって書かれていない。

「書いていても見つけられない」というのは、まず、何をどういう順番で習っていったかすら覚えていないってことです。
つまり、学んできたことが頭の中で時系列順にすら整理されていない状態。
例えて言うなら、机の上に新聞の切り抜きの束が順番バラバラに乱雑に積み重ねられていて、そこからお目当ての記事を全部めくって引っ掻き回して探している状態。
これをいちいち1枚1枚その都度やるというのだから、時間と労力が無駄にかかるのは当然のことでしょう。
新聞の切り抜きであれば、せめて日付を付け、その順番に置いておくなどするはず。
ノートにしても同じで、何度か見返すなかで頭の中にインデックスを作っておかなければ、いざという時に探せるわけがありません。

切り抜きであれば、時系列に整理できたら、次には「コレは科学、コレは政治、コレは、、、」という感じで各項目の関連性などで分類してファイルするのが普通でしょう。
勉強にしても同様で、学校では決められた順序で習ったものでも、例えば因数分解が方程式につながったり、方程式が関数につながったりと、それぞれに何らかの関連性があるはずです。
それをバラバラに切り離した状態にしておくのではなく、「この部分はココと関連があって~」というリンクを頭の中に作る必要もあるでしょうね。

自分以外の誰かに部屋を片付けてもらった(もしくは強制的に片付けられた)経験のある人はおわかりと思いますが、これらの作業は自分の手で時間と手間とをかけてやるしかありません。
そうでない限り「どこにしまったのかわかんな~い」という状態になって結局はまた全ての引き出しを開けてみるハメになるわけです。
同様に、ワークや問題集の”まとめ”や、学校の先生がご丁寧に用意してくれた”ワークシート”ってやつは、小奇麗に整理されててしまっているがために、作った当人には分かりやすくても、それを与えられる側にとってはまったく印象に残らないほうが多いのです。

結局のところ、どれだけ手間がかかったとしても、自分の力で整理しなおさなければ役にたつものにはならないのですが、中高生を見ていると、与えられたプリント教材やワークシート、そして板書をそのまま写しただけのノート、それらをそのまま眺めているだけで「復習している気になっている」子が非常に多いように感じます。
「うちの子はちゃんと勉強できているか?」と疑問に感じた際は、ノートの使い方を見、何かのポイントについて要点をまとめさせたりするというのも有効な手段です。


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最後まで読んでいただきありがとうございます。
せっかくですので簡単なコメントやソーシャルネットでの共有など、何らかのレスポンスをいただけると非常に嬉しく思います。

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